花輪線は、東北本線好摩停車場(岩手県岩手郡巻掘村*注1)に起り、私設秋田鉄道陸中花輪駅(秋田県鹿角郡花輪町*注2)に通ずる延長六十九粁(キロ)八百七十九米(メートル)の線路である。大正七年第四十一議会の協賛を経て、同八年三月鉄道院告示第十六号で盛岡建設事務所所管に編入され、同年五月始めて好摩~平館間の測量に着手してより、今日に至るまで十二年六箇月の星霜と約五百五十五万円余の工事費を投入して竣工したものである。本線は秋田鉄道を介して東北本線好摩駅と奥羽本線大館駅とを連絡する奥羽北部の横断道路であって、秋田県北部青森県弘前方面と盛岡地方との短絡路となり、従来の青森又は横黒線を迂回するの不便を一層するのみならず、沿線地方は由来林産鉱産に富み、加うるに線路は高原を走り或いは深渓を渡り其車窓の眺望頗る絶景で殊に秋は紅葉によく、少しく離れては小豆沢から八幡平の勝後生掛の奇観を探るもよく、又国立公園の候補地となった名勝十和田湖は本線の全通によって一層交通の便を得ることとなる。加え花輪町を中心とする豊穣なる鹿角盆地は旧南部藩の一部で昔から盛岡地方とは密接の関係を有する地方であって、従来盛岡花輪間街道を唯一の交通路としていたが、冬期数箇月間は積雪のため往々交通杜絶し辛うじて馬橇(バソリ)に倚るの外途なき状態で、青森又は横黒線を迂回するが如き不便を敢えてして居たのであるが、今や本線の全通によってこの不便が除却せらるるので、沿線地方の本線の全通に期待することは非常なものである。本鉄道の全通は、啻に北日本三県の運輸交通上に一大革新を来すのみならず、地方開発のために貢献することの至大なることは信じて疑わざる所である。
*注1 現在の岩手郡玉山村
*注2 現在の秋田県鹿角市
*参考 昭和六年頃の賃金 並人夫一円三十銭、大工二円四十銭