列車の旅彩発見 花輪線 十和田八幡平四季彩ライン

花輪線利用促進協議会
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岩手県と秋田県を繋ぐ花輪線

花輪線の歴史

花輪線の歴史since1920 

 盛岡駅と大館駅が開通して以来、この二つをつなぐ鉄道は、しばしば建設白書の意見書となって陳情されてきた鹿角郡民の待望の夢でしたが、大正九年十二月一日に予算555万2550円、十ヵ年の予定で岩手県側(好摩~平館)より着工されました。
 そして、昭和六年十月に兄畑~花輪間が開通、秋田鉄道と接続し、鹿角郡の動脈線が形成されるとともに中央へ通じる路線として、当時は全く夢の実現でした。この開通を機に湯瀬には豪華なホテルが建設、花輪町では第54回種苗交換会が開催されるなど、花輪線沿線の文化、経済は一大躍進に入ることになりました。また、中央から文化が流れ込み、沿線町村にエプロン姿の女給がサービスするカフェが流行したのもこの時からです。

 花輪線はしばらくの間、秋田鉄道と国有鉄道の共同使用駅でしたが、昭和九年六月一日に秋田鉄道が国の買収となったことで大館盛岡間の全線が国有鉄道となり、「花輪線」として新たなスタートをきりました。
 こうして開通された花輪線は、もともと産業交通的な要望によって実現されたのですが、十和田湖及び多数の温泉群を抱いていることから、観光的条件も大きい路線として当時から脚光を浴びました。

月日 出来事
1912(大正元) 8月30日 大館町~尾去沢村間に軌幅三尺六寸の蒸気軽便鉄道布設の免許状下附
1913(大正二) 7月20日 鉄道布設区間を大館町~花輪町間と改め会社設立を見る。
本社秋田県北秋田郡扇田町、資本金壱百萬円、社長河東田経清、専務取締役明石順吉、取締役渡辺彦衛門、島村金次郎、高木和定、豊口竹五郎、監査役鈴木伊十、麓貞吉
11月25日 第一期線大館~扇田間起工
1914(大正三) 6月25日 第一期線大館~扇田間竣工
7月1日 営業開始
9月2日 第二期線扇田~大滝温泉間起工
12月31日 第二期線扇田~大滝温泉間竣工
1915(大正四) 1月19日 営業開始
7月1日 第三期線大滝温泉~松山間起工
12月22日 第三期線大滝温泉~松山間竣工
12月25日 営業開始
1918(大正7) 8月3日 錦木~小坂間の工事施行認可
1919(大正8) 4月30日 第四期線毛馬内~錦木間起工
1920(大正9) 6月30日 竣工
7月4日 営業開始
12月1日 好摩~平館間着工(第一期工事として工事を進め、順次第七期工事まで十ヵ年計画で工事がスタートする)
1922(大正十一) 8月27日 好摩~平館間営業開始
1926(大正十五) 11月10日 平館~赤坂田間営業開始
1927(昭和二) 10月30日 赤坂田~荒屋新町間営業開始
1929(昭和四) 10月25日 荒屋新町~田山間営業開始
1931(昭和六) 10月17日 陸中花輪~田山間開通(秋田鉄道と接続完了)
兄畑、湯瀬(現・湯瀬温泉)、小豆沢(現・八幡平)の各駅が開業
1934(昭和九) 6月1日 秋田鉄道が国の買収、大館盛岡間全線が国有鉄道の所有、花輪線となる
1942(昭和十七) 4月1日 尾去沢駅を土深井駅に改称
1957(昭和三十二) 4月1日 小豆沢駅を八幡平駅に改称
6月1日 毛馬内駅を十和田南駅に改称
1960(昭和三十五) 12月1日 東大更、小屋の畑、陸中大里駅が開業
12月10日 龍ケ森ヒュッテが開業
1961(昭和三十六) 4月20日 北森駅が開業
10月11日 秋田国体のため、お召列車を秋田~湯瀬間、十和田南~花巻間で運転
1962(昭和三十七) 2月20日 準急「よねしろ」が盛岡~秋田間で運転開始
1965(昭和四十) 10月1日 準急「さんりく」が仙台~花巻~宮古~弘前間を花輪線経由で運転開始
1966(昭和四十一) 3月5日 準急「よねしろ」「さんりく」を急行に格上げ
8月頃 7月27日に東北本線浅虫~野内間が土砂崩れで不通となり、特急「はつかり」を花輪線・奥羽本線経由で運転
10月1日 急行「みちのく」が花輪線経由で上野~弘前間の運転を開始
急行「さんりく」を「陸中」に改称し、仙台~盛岡~秋田間の運転となる
11月1日 横間駅が開業
1968(昭和四十三) 10月1日 急行「よねしろ」を「はちまんたい」に改称
1970(昭和四十五) 10月1日 花輪線経由の急行「みちのく」を「よねしろ(二代目)」に改称し、仙台~秋田間の運転となる
1971(昭和四十六) 9月24日 8620形3重連けん引の列車がさよなら運転
10月1日 好摩~十和田南間が無煙化
1972(昭和四十七) 3月15日 急行「陸中」の運転区間を仙台~宮古間とし、宮古~秋田間(花輪線経由)の列車と急行「はちまんたい」を「よねしろ」に統合
1982(昭和五十七) 11月15日 東北新幹線開業に伴い、「よねしろ」の運行区間を盛岡~大館~弘前間に変更
1984(昭和五十九) 2月1日 貨物営業を廃止
1985(昭和六十) 3月14日 急行「よねしろ」を快速「八幡平」に格下げ
1986(昭和六十一) 11月1日 急行「よねしろ(三代目)」が秋田~大館(一部陸中花輪)間で運転開始
1987(昭和六十二) 4月1日 国鉄が分割民営化。JR東日本の営業となる
1988(昭和六十三) 3月13日 岩手松尾駅を松尾八幡平駅に、龍ケ森駅を安比高原駅に改称
1995(平成七) 12月1日 湯瀬駅を湯瀬温泉駅に、陸中花輪駅を鹿角花輪駅に改称
1997(平成九) 1月10日 上野~盛岡~安比高原間で臨時寝台急行「ホワイトスノー安比・盛岡」が運転開始
1998(平成十) 12月 好摩~大更間を特殊自動閉塞化し、タブレット交換や腕木式信号機を廃止
1999(平成十一) 12月4日 快速「八幡平」を盛岡~大館間の運転とする
2001(平成十三) 一部のキハ52形、キハ58形の塗装を国鉄色に復元
2002(平成十四) 12月1日 東北新幹線八戸延伸に伴い、東北本線盛岡~目時間がIGRいわて銀河鉄道の管理となり、好摩駅が同社の管轄となる
急行「よねしろ」を快速に格下げ
2007(平成十九) 3月18日 快速をのぞきキハ52形、キハ58形の運用を終了。キハ100系の運用を開始
9月17日 大雨による土砂崩れで松尾八幡平~鹿角花輪間が不通となる
10月16日 土砂崩れによる被害から全線復旧
2008(平成二十) 3月15日 鹿角花輪~秋田間の快速が大館止まりとなる
2015(平成二七年) 3月14日 快速「八幡平」を廃止

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